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   (1) 川や湖沼と生きる

  2.水との共生

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水との共生
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 千葉県の北部・北西部に位置する印旛沼・手賀沼は、昭和30年代以降の都市化の影響により水質が悪化し、現在は全国ワーストの上位を占める水質となってしまった。

 手賀沼は、かつては底が透き通って見えるほど水が澄み、夏には子供たちが泳いで遊んだほど美しく豊かな沼だった。

(昭和25年頃の手賀沼)

 現在は生活排水が原因でアオコが発生することもある。

湖沼水質保全特別措置法に基づく指定湖沼の指定を受け、リン濃度の高い底泥の浚渫、アシ原を復活させる試み、公園の整備等、水質浄化の努力により、過去のきれいさを取り戻しつつある。(野菜いかだによる水質浄化の試み)

 佐原は、江戸時代より利根川水運の物流拠点として発展してきた町であり、「あやめ咲く水の郷」・「地図のまち佐原」・「北総の小江戸」などとも呼ばれる。

 重厚な蔵造りと川の風情が相まった佐原ならではの景観。日本初の実測地図「大日本沿海輿地全図」の製作者である伊能忠敬の育った町でもあり、この先に旧宅がある。

    ① 印旛沼・手賀沼の汚染と浄化の取り組み

     ② 佐原・水郷に残る生活と密着した水路

 九十九里浜は半島東側60㎞に渡って続く砂浜で、古くから海水浴場として知られ、サーフィンや海洋生物との触れ合いを目的とした施設も多い。また、和田町・千倉町は捕鯨の文化を受け継ぐ数少ない地域である

 房総半島の東の突端に位置する銚子は、利根川を境に茨城県に接し、四方を海と川に囲まれている。 半島の東方沿岸沿いに黒潮が流れているため、温暖な海洋性気候で湿度が高く麹菌や微生物の働きが活発で、おいしい醤油を造るには最適の地である。

また二つの異なる潮流のぶつかる場所は全国でも屈指の好漁場である。地学的にも特徴的な地形や生物化石が豊富に見られる場所として、よく知られている。

 屏風ヶ浦では第4期頃の化石が見られ、犬吠埼では珍しい植物が自生する。

昔から自然と共存して醸造業等も行われた。(写真は空樽を満載する高瀬船)

水揚げ高は常に全国で上位を占める銚子漁港

   (2) 海とともに生きる

     ① 銚子・屏風ヶ浦 

   ② 太平洋沿岸の自然と観光資源

 東京湾横断道路(アクアライン)の千葉県側基点として有名になった木更津は、古くから東京湾の漁業・海運の基地として栄えた。そこに広がる盤洲干潟は、東京湾の原風景を今に止める唯一の干潟と言われており、その南側を占める小櫃川河口干潟は、東京湾の自然を残す数少ない場所となっている。

 木更津側から見た東京湾横断道路

 昭和47年頃のアサリ漁

 周辺の海岸は、干潮時には沖合い数百メートルの干潟が広がる、東京湾で一番広い自然海岸である。市内5ヵ所の海岸で潮干狩りが楽しめる。

 この盤洲干潟も昭和20年代後半から40年代にかけて干拓により多くが失われた。高度成長期には、埋立ても加速し、干潟で海苔養殖・貝獲りで生活していた漁業者は漁場をなくし、漁業を辞めざる得なくなった。また、埋め立てにより、浅瀬が少なくなり砂地の海底が減り、富栄養化によってプランクトンが増え海水の透明度が低くなり光合成の必要なアマモはこの30年間に100分の1へと減少した。アマモの繁殖は、東京湾にとって大きな役割を持っている。アマモ場は、近年少なくなったクロダイ・マコガレイその他の稚魚が育つ「生き物のゆりかご」なのである。東京湾のアマモ場は盤洲、富津・三番瀬・横須賀市走水ほかを残すのみになっている。

残された数少ない「アマモ場」

   ③ 東京湾南側(内房)の海 ~木更津の今、昔~

 小学生による野菜いかだ作りの体験学習

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